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2013年11月17日 (日)

古文書の会・講演と報告会

関さんの森エコミュージアムが発足して5周年。この日は、関さんの森・古文書の会による、講演と報告会~江戸時代の幸谷村のくらしと文化~が開催されました。

会の前半は、渡辺尚志氏(一橋大学大学院社会学研究科教授)による、「江戸時代の村と関家文書」と題した講演。江戸時代の村において、百姓たちがどのような生活を営んでいたかという話でした。

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江戸時代の百姓といえば、武士に支配され、教養とは無関係で惨めな生活を強いられていた弱者というイメージがあります。しかし、当時の村は、名主・組頭・百姓代を中心に、人々が共同体として結集する中で、生活水準は確実に向上し、農作業の合間に俳諧や生け花を楽しむ人たちも現れたそうです。
江戸時代の村を知ることは必要で、環境問題や高齢化の問題などに直面している私たちは、江戸時代の村から学ぶべき点もたくさんあると、渡辺先生は言います。

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後半は、会員による報告で、テーマと報告者を列記します。上の写真は、蔵の中のあった古文書のようすです。

(1)関家文書の調査経緯…木下紀喜
(2)関家文書の調査概要とこれまでの成果…伊勢真志
(3)幸谷地域の祠・神社・寮そして寺院…田嶋昌治
(4)関家に残る「幸谷村御年貢勘定目録」…棚井行隆
(5)相給の村・領主曲淵・江戸から明治への税の変化…東闊
(6)幸谷村の医療事情…田引勢郎
(7)古文書と離縁状(三くだり半)…金井勝忠

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上の写真は、天保14年(1843)の「御年貢勘定目録」です。
関家は代々、幸谷村の名主をつとめていました。その関係で、蔵には年貢目録をはじめ、たくさんの文書が残っています。現在までに約2000点の文書が目録化されています。調査の経緯やその概要、さらに文書を読み解く中でわかったことについての報告がありました。

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上の写真は、関家に残る「諸薬妙方」です。さまざまな経緯で関家が世話をすることになった医師から伝授された、薬の調合方法に関する文書です。

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上の写真は「離縁状」、いわゆる「三くだり半」です。文書を読むと、単に夫が妻の離縁を申し渡すものではなく、再婚許可証であることがわかります。当時の幕府法によると、離縁状無しに嫁いだ女性は、髪を剃り、親元へ帰されたそうです。また、離縁状を出さずに後妻を迎えた男性は、所払いになったそうです。

以上、3時間の講演・報告会の、ごく一部を紹介しましたが、とても濃くて興味深い内容でした。いままでに読み解いた文書はごく一部です。これからも作業が進む中で、当時の人々のくらしや文化についての理解が進むことでしょう。

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